別れの理由

 

                                                                                           松井 憲

 

 

  はじまり

 

 憲司は高校に入学する前から社会、あるいは政治に関心が高かった。小学生の頃から新聞の社会面を読んでいるような子供だった。中学三年のときに、日本は軍隊を持たないと憲法に明記されているにもかかわらず、どうして自衛隊があるのかと、教師に質問して困らせたりするようなことも少なからずあった。

 高校に入学してからは、成田空港建設反対運動の現場を見ようと成田まで行って、反対同盟と機動隊の闘争に巻き込まれて逃げ回ったこともあった。アインシュタインの偉大さには敬意を覚えたが、原爆発明の元になった研究成果には疑問を覚えた。科学はいったい誰のためにあるのか。広島や長崎に原爆が落とされて、それまでにない悲惨な戦争被害を受けたのは、太平洋戦争を終結させるために必要な手段だったのか。確かに太平洋戦争の原因の大半は日本にあったと思う。明治維新以後、韓国や中国に対して行ってきたことはあくまでも日本の論理であり、相手国の人々のためだったとは言い難い。それでも、原爆投下が正しい選択だったとは言い切れないのではないか。

 ベトナム戦争では、それまで世界平和と秩序維持の象徴のように思えていたアメリカ合衆国の理想像が崩れ、沖縄から飛び立っては北爆を繰り返すアメリカ軍に反発を覚えた。そのアメリカを支援する日本政府の姿勢にも反対だった。真実を知るためにベトナムへ行こうと思ったほどだ。ベトナム戦争では多くの日本人ジャーナリストやフォトグラファーが命を落としているが、憲司のどこかにジャーナリズムへの熱い思いがあったのだろう。

 東大進学者数を競うほどの高校へ進学したのに、権力に反発を覚え、体制に逆らう生き方に傾いていった。当然、エリートコースへの道は放棄した。それでもそれなりの有名私立大学に進学したのは、両親、というより将来への期待を裏切ってしまった母親への償いのようなものだった。だが大学に入ると、ベトナム戦争、成田空港建設、部落差別など、胸の奥でくすぶり続けてきた問題意識を抑えることができなくなった。すでに下火になっていた学生運動に加担して過激派と呼ばれたセクトに入り、集会やデモにも参加した。結局、母親を泣かし続けることになった。

 やがて憲司は時代から取り残されていった。ベトナム戦争はアメリカの敗北と南北の統一で終結し、成田空港は完成しつつあった。学生運動はもとより、行動的な労働運動も力を失い、社会の片隅に追いやられてしまった。決定的に憲司を打ち砕いたのは、セクトのオルグが鉄道自殺をしたことだった。その純粋な生き様は、迷いながら、彷徨いながら、たどたどしく歩んできた憲司の青春にとって一筋の光だった。その彼が自ら命を絶ったことは、憲司の危なげな青春に幕を下ろすきっかけとしては充分すぎた。なぜ自ら命を絶ったのか。社会への絶望だったのか。自分へのあきらめだったのか。憲司には永遠の謎であり、生涯つきまとうことになるであろう心の楔だった。あとは惰性の人生しか残っていない。大学に行く意味も目的も見失った。

 大学を中退してからは、学生運動や左翼思想とは縁を切ったような生活を送り始めた。クルマに興味を持ち、ラリーに夢中になった。中学生のときには自分で設計図を描き、バルサ材などを削って作ったエンジン飛行機を飛ばしていたほどだから、機械ものにはもともと興味があったのだろう。ラリーだけでなく自動車の整備にも関心を持ち、入社した会社の自動車整備部門に出入りさせてもらいながら自動車整備士の免許も取得した。

 会社に入ったからといって、はじめは仕事が面白いわけではなかった。それが社長と直に接することがあり、その人間性に惹かれると同時に会社経営に関心を覚えてからは、会社に寝泊まりすることも珍しくなく、いつの間にか小便に血が混じっても休むことなく仕事を続けるような人間になってしまった。

 それでも自殺したオルグは憲司の心から離れることなく、ふとしたことから憲司に自殺への誘惑すらもたらした。遊びも仕事も、熱心というより自暴自棄になっていたようなところがあった。彼の髭面を思い出のなかに鎮めることができるようになったのは、両親が他界して、ありふれた言い方をすれば「この世への引っ掛かりがなくなった」からだろう。そしてもうひとつ、記憶から消すに消せない女性との再会があったからだった。

 

 

    再会

 

 まさかここで、こんなときに会えるとは思ってもいなかった。

 あの大津波で街がそっくり流されてから五年以上。東日本大震災当時はフリーの編集者兼ライターの仕事をしていたこともあり、どうしても東北を訪ねて自分の目で被害の状況を見て記事にしたいと思っていた。けれども自分が住んでいたアパートが、その地震で傷んだために引っ越しに追われたりしたうえ、学生時代から続けていたラグビーが原因で慢性硬膜下血腫を患い四か月も仕事を休んだために、もともと減りつつあった編集者やライターとしての仕事を失うことになった。フリーの辛いところだ。当然、金銭的な余裕もなくなり東北へ行くことなどできなかった。

 ようやく被災地へ来ることができたのは、新しい仕事、といってもアルバイトだが、それでようやく生活が成り立つようになってきたからだ。今さら記事を書けるわけでもなかったが、それでも被災地を訪ねたのは、まだどこかにジャーナリストとしての生き方を捨てられない気持ちがあったからに違いない。

 その頃には、もはや甚大な被害のあった地域以外では東日本大震災は過去のものとなりつつあった。けれども東北に来てみると、大震災はけっして過去のものなどではなかった。なかでも石巻は、一万五千人を超える人たちが亡くなった東日本大震災で、死者、行方不明者を含めて四千人以上の被害者を出した特に被害が大きかったところのひとつだ。江戸時代以前から漁業の町としてにぎわっていた街並は、まさしくそっくり流されてしまい、大震災から五年以上経った今でも雑草が生い茂る草っ原のようだ。以前のままの姿を留めているのは「仮面ライダー」や「サイボーグ009」などの漫画で有名な、というか憲司には「サブと市捕り物帳」のほうがピンとくるが、その作者である石ノ森章太郎の記念館ぐらいだ。ここが以前のようなにぎわいを取り戻すにはあと何年かかるだろうか。

 そんななかに、いかにも急造といった感じでぽつんと建っているカキ小屋が、被害の大きさをいっそう知らしめている。それは被害を受けた人たち、そして被災地復興の手助けにと、東北の被災地を訪ねる人たちに安くておいしい牡蛎などを提供できるように、魚介類の卸を行っている人の好意で始められたという。ここを訪れる人たちにおいしい牡蛎を割安で提供してくれるだけでなく、あの大地震の被害を風化させないための記念碑のようにもなっている。

「いらっしゃいませ。お好きなところへどうぞ」

 瑩子に会ったのは、せっかくだからとカキ小屋に足を運んだときだった。平日のせいか、カキ小屋はがらんとしていた。炭焼きのテーブルというか、箱のような台が二十以上も並んでいるが、憲司のほかには誰もいない。どこに座ろうかと迷っていたが、特別な理由もなく入ってすぐの席に腰を下ろした。するとふたりいた女性のひとりが手書きのメニューを持ってきた。まさか。憲司は女性を見て驚いた。

 そんなはずはない。けれども、彼女はまぎれもなく瑩子だった。憲司はメニューよりも瑩子に見とれていた。ちょっと不思議そうにこっちを見ていた瑩子の視線が固まった。あれから二十年以上経っていた。人を疑うことを知らないように瞳の奥で笑い、控えめな笑い声があとからついてくる。だからといって屈託がないかといえばそうでもない。ときどき寂しげな眼をするときなど、誰にも話せない悲しみを心の奥に秘めているのかなと思うときがあった。

「瑩子さんじゃないですか」

 瑩子も感づいていたのか、小さく頷いた。

「あの、松井さんですか」

 憲司をやさしく見つめながら静かにささやいた。けれども憲司は、すぐには次の言葉が見つけられない。懐かしいというより、驚きのほうが大きい。瑩子のかかわった事件は、憲司にとっては忘れたほうがいい思い出だった。傷つくとか、傷つけられたとか、そんなありきたりの言葉では説明できない。もっともっと深いところに秘めておくべき記憶のかけらといえた。行き先も告げずに背中を向けた瑩子の最後の言葉は今でも心に突き刺さったままだ。

「もう会わないほうがいいわ。それに今、私を抱いたら離れられなくなるから」

 二十年は短くない。ようやく忘れられたはずだったのに、昨日のことのように映像が回り始めた。あのときも少女のような瞳で憲司を見つめ続けながら、際どいことを抑揚もなくつぶやくように言った瑩子。憲司のことを心から思っていたのか、からかっていたのか。だが、その言葉に、憲司は瑩子の肩に回していた手を離してしまった。確かに瑩子を抱いてしまえば、それまで一線を保ってきた関係が崩れる。それでもかまわない。これからの人生がどうなろうが、そんなことはどうでもいい。目の前の幸せを手にしたい。それほど、そのときの憲司は瑩子に惹かれていたにもかかわらず。

 瑩子の真意がわからないまま憲司は言葉を失っていた。ほんの短い時間が過ぎただけだったが、次の言葉が出てこないまま立ちすくんでいる憲司の前から、瑩子の姿は消えてしまった。

「ここで働いているんですか」

 何となく間抜けな質問だったが、いま、瑩子を前にしてそんな言葉しか出てこなかった。

「ええ、震災で家が流されてしまって、それでも働かないと生きていけませんから」

 答にはなっていないと思ったが、瑩子も戸惑っているのだろう。それでも憲司が知っているあの微笑みは昔のまま頬に浮かんでいた。

 あれからどんな暮らしを、いや人生を送ってきたのか。さらには五年前の震災の被害にも遭ったというが……。

 会社を辞めてからどうしていたのか。カキを焼きながら瑩子は話をしてくれた。詳しくは語ってくれなかったが、別れて半年ほど経ってから運送会社で働く男と知り合い、やがて子供もひとり生まれた。そして彼の実家がある、ここ石巻で暮らすようになったのだそうだ。家族と共に暮らす毎日。平凡であることがどれほど幸せなことか。人には言えないような暮らしをしてきたこともある瑩子にとって、やっと得られた平穏な人生だったのだろう。

 そんな暮らしが一瞬にして崩れてしまった。五年前の大地震と大津波。瑩子が住んでいた家は港から離れていたので、何とか津波が来る前に逃げることができたものの、夫は漁港で津波に呑み込まれて行方が分からなくなった。夫の両親はすでに亡くなっていたが、子供は仙台で働いていた。しばらく連絡が取れずに不安が募ってきた。無事だとわかったのは二日後だった。

「大きな揺れのあと、どうやって逃げ始めたのか覚えてないけど、大きな津波が来ていることはわかっていたわ。飼っていた仔犬を抱えて、とにかく高いほうへと走っていったの。車で逃げようとしたため、渋滞で動くことができなくなって津波に飲み込まれてしまった人たちもいたわ。全てを失くしてしまったけど、今思えば、こうして生きていられることだけでも幸せだと思う」

 ほんとうに幸せなのだろうか。幸せとは平穏な毎日を家族と過ごせることではないのか。悲しみが大き過ぎたために、生きているだけでも幸せと感じているのだろうか。けれども今の瑩子からは、そんな大きな悲しみを背負っているような雰囲気は漂ってこない。

「くよくよしたって仕方ないもの。もう夫が帰って来ることはあきらめたわ。それに子供のこれからの生活を手助けしてあげたいし。女にはやることがたくさんあるのよ。過ぎたことは終わったこと。振り返ったところで何も変わらないわ」

 憲司がここへ来たのは、大震災後の復興がどれほど進んでいるのかを、この目で確認するための旅の途中であったのだが、出会った人たちから深刻な顔で悲惨な話ばかりをされたら、どう受け答えをすればいいのか、正直なところ迷っていた。被災した人たちには申し訳ないと思っていたけれども、それもまた本音だった。まるで問わず語りのように話し続ける瑩子に、救われる思いだった。

 さらに驚いたことに、瑩子はまだ仮設住まいだという。新しい住まいを斡旋してもらえないのか。金銭的に厳しいのか。でも、そうではないらしい。

「いろいろ紹介も斡旋もしてくれるわ。でも、どの家からも海が見えるから」

 その言葉に何と答えていいのかわからなかった。瑩子だけでなく、被災者の心の奥にはそんな大きく深い傷が癒されることなく残されてしまっているのだ。深刻さを表に出さず、ときには笑顔さえ浮かべながら話す瑩子に救われる思いがするなどとよくも言えたものだ。憲司は自分の軽薄さや愚かさに恥じ入った。ありきたりの表現ではあるが、頭をガツンと殴られた気がした。思わず涙が出そうになった。

 カキ小屋をあとにする頃には、憲司はまたもや瑩子に惹かれ始めていた。ひと昔、遥かな昔の、出会った頃の瑩子がそこにいるようだった。

 

 

    瑩子

 

 大学を中退してから半年後、憲司はアルバイトニュースで見つけた小さな会社に就職した。都内に数か所ある営業所のひとつで働き始めたものの、それほどやりがいがある仕事ではなかった。学生運動のなかで得たものは多かったが、それ以上に失ったもののほうが多かった。何のために生きるのか。そんな純粋な思いも失った。仕事は食うため。将来の夢を見ることもなく、惰性で仕事をこなすだけ。まさにそんな感じの毎日だった。

 唯一の救いは、義理人情に厚い江戸っ子気質の社長に出会えたことだった。厳しい寒さの中で社長車を洗っていると、社長が憲司の手を取ってありがとうと言ってくれたのだ。

「この寒いときに車を水洗いしているからだろう。お前の手はしもやけができているじゃないか」

 そしてさらに、一緒にいた幹部連中にこう言ったのだ。

「お前たち、会社はこうして働いている者たちに支えられているんだ。偉そうなことばかり言っていて、ろくな実績も上げられないようなお前たちも少しは見習え」

 その日以来、何かあると憲司は社長の運転手などもするようになった。やはり江戸っ子の憲司を気に入ったこともあっただろうが、それ以上に憲司の能力を買ってくれたようだ。ときには自宅にまで憲司を連れて行き、夜中まで会社経営や事業計画について話をすることもあった。入社して一年ほどで本社勤務になり、さらに二年もしないうちに小さな営業所の所長に抜擢された。その後も本社勤務と営業所勤務を一年か二年ごとくらいで繰り返すようになり、本社勤務のときは係長という肩書がつくようになった。社長から直接指示を受けて仕事をすることが多いため、古手の幹部連中からは煙たがられたが、若手社員の面倒はよく見たのでけっこう慕われた。

 瑩子がいつ頃、憲司の前に現れたのか。はっきりとは思い出せない。入社して十年ほども経ったある日、本社へ行ったところ、事務担当の女子たちが働いている端っこで、受話器を片手にメモを取っている瑩子を見かけたのだった。かわいい子だなとは思ったものの、声をかけるきっかけも見出せないまま、さらに半年近くが過ぎていった。

 何の集まりだったのか。たぶん販売キャンペーンの打ち上げだったのだと思うが、はっきりしたことは覚えていない。会場となっていた会議室には入れ代わり立ち代わり社員たちがやってきて酒を酌み交わしていった。入社半年ほどの瑩子は、酒を配ったりしながら、社員たちの間を行ったり来たりしていた。いつの間にか瑩子の眼も酒のせいで潤んできているようだった。そんな瑩子目当ての、あまり品のよくない男どもが、いつの間にか彼女を囲むようにして飲んでいた。

「ろくでもない奴らだな」

妙なところに潔癖なところのある憲司は、瑩子が置かれている危なげな状況が少し心配になってきて、余計な口を挟んでしまった。

「田中さん、送っていくよ」

 そう声をかけたが、すでに酔いが回っていた瑩子は「いや、まだ飲みたいわ」と憲司の申し出を即座に断った。あんたと帰るつもりはないわ。今夜はもっと楽しみたいから。あるいは、たとえ憲司とでもいいから、もう少し飲みたいという思いが込められていたのか。そのときは知らなかったが、瑩子は密かに憲司に思いを寄せていたのだ。そんなことにはまったくといっていいほど勘が働くこともなく、堅苦しいほど生真面目な顔で瑩子に話しかけた憲司は、瑩子にどんな風に映っていたのだろうか。

 じつは、まだ瑩子と飲む機会はなかったが、ひと月ほど前、本社での会議のあと瑩子をアパートまで車で送っていったことがあった。会議が長引いたために終業時刻になっていて、営業所に戻ろうとしていた憲司が、本社から出てきた瑩子に声をかけたのだ。少し回り道になるにしても、それほど重要な仕事が残っているわけでもなく、たまにはかわいい女の子を助手席に乗せるのもいいじゃないか。ラリー仕様で傷だらけのボロ車にはカーステレオなどはなく、助手席の前にはスウェーデンのハルダ製ツイントリップメーターとジェコー(国産)のアナログ時計。それらはラリー好きには憧れの計器かもしれないが助手席に女の子を乗せるには何の飾りにもなっていなかった。しかもごついロールバーが車内を狭くしていた。おまけに左右の後輪の回転をコントロールして自動車をスムーズに走らせるディファレンシャルは溶接でロックさせているため、常に左右の車輪が同じ回転をするため、カーブを曲がる度に内輪がスピンする。ダートなら片輪がぬかるみにはまったとしても車輪を空転させずに走破するうえで非常に役立つものだが、一般道を走るときには邪魔な仕組みだった。サスペンションもハードで乗り心地は最悪。まったく大した車だった。まあ、それでもいいじゃないか。ラリーではナビゲーターしか乗せられないからな。そんな軽い気持ちで瑩子に声をかけたところ、まさかの現実になった。

 そのボロ車の助手席に女の子を乗せたのはもちろん初めてだったから、憲司はおそらく舞い上がっていたに違いない。いや、緊張していたのか。ろくな話もできないまま、三十分ほどで瑩子のアパートの前に着いた。

「今度はどこかへドライブに連れてってもらいたいわ」

 車から降りるとき、瑩子はいたずらっぽくささやいた。それなのに憲司は、次の日曜日にデートの約束をするには、どんな返事をしたらいいのかわからなかった。

「日曜日はダートトライアルだからな」

 瑩子とどこかへドライブに行くほうがよっぽど楽しいはずなのに、そんなことをつぶやいてしまうとは……。

「私よりダートトライアルのほうが、よっぽど魅力的なのね」

 瑩子は笑みを浮かべながら憲司を睨んだ。瑩子がどんな思いでデートに誘われたいと言ったのか。憲司には女心の機微など感じ取ることはできなかった。笑みを浮かべているのだから、怒っているわけじゃないだろう。次の機会もあるさ。

 そして、あの打ち上げの日。憲司が送っていくと言った申し出を断ったあと、瑩子が誰と飲みに行ったか。そしてどうなったのか。知ることも興味もないまま二年が過ぎた。

 憲司は本社勤務になっていた。仕事は企画と販売促進が中心だった。営業の補佐的な仕事をしながらだったので、昼間は営業所の手伝いに出ることも多かった。営業所勤務が長かったので、それはそれで楽しい仕事だった。毎朝七時ごろから、夜は十時、十一時まで仕事をしていて、休みは月に一日か二日。正月も休んだことはなかった。年末が決算月だったため、十一月から十二月は毎日のように会社に泊まり込んで翌年度の営業計画書の作成を行った。

 何という名目だったか忘れたが、わずかな手当てをもらっているだけで、残業代はもらっていなかった。今なら、まさしくブラックだろう。でもその頃は気にしたことなどなかった。事務職の女性社員の管理も任されていたが、管理下の女子社員には残業を強いることはなかった。事務的な仕事をてきぱきとこなし、ときには憲司を補佐してくれる瑩子と一緒に仕事ができることがうれしかった。

 ふたりだけでということはなかったが、仕事仲間との酒の席に瑩子がいることもあった。憲司を惹きつけてやまない笑顔。でもその頃の瑩子には、もう恋人がいるらしいことにも気付いていた。社員の誰からしいという噂があったが、はっきりしたことはわからなかった。

 瑩子の彼氏が、どうやらある営業所の所長らしいということは、その営業所のアルバイトの学生から聞いた。たまたま営業所の近くで、ふたりが食事をしているところを見かけたという。アルバイトの学生は、本社から所長宛てに電話が入ると、瑩子からのときに限って長電話になることにも気付いていた。しかも、その時間は昼頃が多いことにも。本社では、事務の女の子たちは昼休みの電話番を交代でまかなっていた。だから、瑩子が営業所に電話をしてくるとき、瑩子の周りには誰もいないはずなのだ。

 その所長は所帯持ちだ。子供もいるはずだ。当時は、そんな言葉はあまり聞かなかったが、瑩子とのことは要するに不倫だ。どうしてそんなことになったのか。もしかすると二年前の、あの打ち上げがきっかけだったのか。何があったのか、憲司にはまったくわからなかった。瑩子を責める気持ちは起きなかった。瑩子が微笑むと気持ちが和らぐ。その魅力に惹かれていた。所長には嫌悪を覚えた。勝手なものだ。

 その頃、その所長に関してはある疑惑が密かに囁かれていた。売上金の着服。

 証拠といえるものや痕跡は見つかっていなかったが、回収不能な売上金が多かったこと。月末になると未収金の計上が多くなることなど、不審なことがいくつかあった。

 そうはいっても、未回収になっている売上金におかしなところは見られなかった。倒産や行方不明など、いわばありきたりの回収不能だった。契約先の売掛金にもこれといった問題はなかった。少なくとも帳簿上は。回収が遅れることなど珍しいことではなかったからだ。疑えば怪しい。たまたまだろうと見過ごしてしまうこともできた。それを追求しようとする者もいなかった。成長著しい零細企業では、組織を整えたり、経理システムを改善したりするより、売上げを伸ばすことが優先だった。ザルからこぼれる水以上に、多くを汲み上げればいいという考えに思えた。それに、社員が不正を働いているなんて外聞が悪い。大した金額でないなら、公にする必要はなく、いずれ発覚したら内密に処理すればいいとしていたのだろう。

 憲司がその不正の痕跡を見つけたのは、まったくの偶然だった。憲司も知っている得意先の売上金が未回収になっていた。わずかな金額だったから、誰も問題視することもないまま放置されていた。けれどもその未収金額と同じ金額が、その月の別の未収金の回収金額と同じであることに気付いた。つまり、前月までの未回収の売上金額が、新しい未収金で回収されていたということになる。不正で穴を開けたところを、ある種の自転車操業で埋めているのではないのか。だとしたら、ほかにももっとその痕跡があるはずだ。そう思って本社の人間が帰った後、憲司はひとり残って調べ始めた。

 どのようにして不正が行われているのか。その姿がおぼろげながら見えてくるまでに半年近くかかった。帳票類の管理は憲司の担当外だったうえ、売上管理金システムにはまったくの素人といってよかった。しかもひとりで本社に残れるのは週に一日くらいしかなかった。憲司の本来の仕事を片付けなければ調べに時間を費やすことができない。それだけのことだった。

 調べているうちに、あることがわかってきた。本社の人間がかかわっていなければできないと思われることがいくつかあったのだ。まさかと思った。所長だけの不正事件ではない。本社の人間も関与している。いったい誰が、どんなタイミングで関わっているのか。

 答はひとつしかありえなかった。その本社の人間とは、売上金の管理にも関与している瑩子以外に考えられなかった。

 

 

    転落

 

 憲司が不正を調べ始めた何年か前、大手銀行の女子行員が億単位の金を横領していたというニュースが世間を騒がせた。「好きな人のためにやりました」という流行語まで生み出した事件は、妻子ある男に金を貢いだ事件だったが、横領した金の大半は男に渡し、自分はわずかしか手にしていなかった。結局、女子行員も男も逮捕されたが、女子行員のスキャンダラスな犯罪としてクローズアップされ、男や銀行が社会的な批判を浴びることは少かったように思う。

「すべては男社会を守るため。世の中は男優先の秩序で成り立っている。女は愚かで可愛ければいい」

 まるで安っぽい歌の文句のようじゃないか。憲司にはそんな男優先の、世間ではが当たり前のように思われている「常識」が許せなかった。

 憲司の会社では昇進や給与体系に男女の違いはなかった。車掌の方針で女性社員も実力があれば役職になれた。義理人情に厚いだけでなく、男女平等を重んじる精神も憲司のお気に入りだった。当時としてはかなり時代の先端を行っているように思えた。

 瑩子もそんな会社の体質があっていたのか。いつも生き生きと明るく、入社して二年ちょっとで主任という役職に就き、バリバリと仕事をこなしていた。それがどうして不正を見逃すというより、手を貸すようなことになったのか。仕事に不満があったとは思えない。私生活のことは知らなかったが、何かのきっかけで狂いが生じてしまったに違いない。あの所長と瑩子。男と女。憲司には理解できない世界のことだった。

 少しだけわかるような気がすることがあった。瑩子が入社したのは二十二か三のときだった。初めは若くてフレッシュな、そしてちょっとかわいい女子社員として周囲から大切にさせていた。そのうちに先輩女子社員が結婚して退職するなどして、営業事務では瑩子が先輩女子社員になった。主任になったのは二十五歳くらいのときだ。憲司と親しくなったのも、そんな周囲の変化と、瑩子の気持ちの移り変わりがあったからかもしれない。焦り。そんなありきたりの言葉で決めつけたくはないが、瑩子にも結婚という憧れ、あるいは夢があったのだろう。もしもそうだとしたら、憲司にも瑩子の夢を散らしてしまった一端の責任があるのだが。

 証拠はきっちりと固めなければならない。何しろ営業所長にまでなった、会社の中堅社員の人生がひっくり返るかもしれないのだ。奥さんと子供を路頭に迷わすことになるかもしれない。それに、瑩子。

 調べが進むにつれて、憲司は瑩子が関わっていることに確信を持つようになった。売上金の計上から請求書の作成までコンピューター処理されるとはいえ、当時のシステムは今のシステムとは異なり、高度な知識がなくても人の手が介入することは難しくなかった。営業所の売上金を本社の事務管理部署で改竄することなど、さほど難しいことではなかったのだ。

 要するに、現金での売上を売掛金にする。あるいは集金した売上金を別の未回収の売上に充当させるなど、システムに精通していなくてもできることだった。ただし、一度自転車操業を始めると、簡単には元へは戻れない。初めは数万円だったものが、数十万円に、やがては数百万円になってしまう。どこかで破綻し、いずれは人生の破滅につながっていく。

 そんなことは、瑩子にもわかっていたはずだ。それなのにどうして、不正に手を貸し続けてしまったのか。

 その不正がいつ頃から始まったのかわからなかったが、憲司が痕跡を見つけた限りでは二年ほど前からのようだった。本社でのあの打ち上げがあったのとほぼ同じ時期だ。きっと所長から困っているからと頼まれ、軽い気持ちで引き受けたのだろう。会社の売上が伸びてくるにつれて、売掛金も増えてくる。なかには回収不能なものもでてきたりして、営業所は本社から厳しく叱責されることもある。売上優先で出世意欲が旺盛な者ほど、そうした問題が煩わしいものだ。

 その営業所長がそうだったかどうかはわからないが、少なくとも瑩子にはそんなことに関係した愚痴をこぼしながら、誘い水をかけたのだろう。人のいいところのある瑩子が同情を寄せたとしてもおかしくない。どれほどの犯罪なのか、はっきり自覚していたとは思えない。なぜなら、瑩子の日常にはこれといった変化が見られなかっただけでなく、憲司に対する態度や笑顔にも変わりがなかったからだ。

 もしもそれが作られた素顔だったとしたら、瑩子はまさに男を手玉に取ることに長けた魔性の女だった。そして憲司は、間抜けを絵に描いたような男だった。それでも憲司は瑩子を責める気にはなれなかった。それどころか守りたかった。少くともこの事件は瑩子を絡めずに終わらせたかった。馬鹿と言われようと、お人好しと嘲られようと。

 問題は、いつ、どのようにしてこの事件を社長に報告するかだった。社長の人柄を考えると、事件を公にすることは避けるだろう。営業所長のこれまでの功績を考慮して、依願退職という形にすることは間違いない。ただし、会社に与えた損害、すなわち着服した金額は弁済させなければならない。そのためには部長あたりが、内密に処理を任されるはずだ。社員に動揺を与えないためにも、それが妥当なところだろう。

 そうなると、瑩子のことをどうするかだ。部長にはある程度知らせなければならないだろうが、社長には伏せておきたい。瑩子は社長にお気に入りの、そして自慢の女子社員なのだ。部長もそれには異議を唱えないと思えた。

 あの打ち上げがあった年から三年目の春。憲司はまず部長に報告することにした。会議室で部長とふたりにしてもらい、まとめ上げた報告書と資料を見せた。部長はもちろん驚いたが、噂を耳にしていたのだろうか、やはりという表情も見せた。

「よく調べてくれたな。あとは俺に任せてくれ」

 憲司の報告や資料のなかには瑩子の関りを示すようなものは含めていなかった。だからといって実務に精通している部長が気付かないはずはない。憲司が瑩子に寄せる思いを感じてくれたとしか言いようがない。部長の言葉に感謝するしかなかった。

 

 

    別れ

 

 それから二か月後、営業所長は退職した。もちろん依願退職だった。着服した金額はどうすることにしたのか。その後の消息もわからなかった。瑩子には何も変化がなかったが、ある日、部長から呼ばれた。

「田中くんのことはどうするつもりでいるんだ。このままにしておくことは、やはり芳しくないと思う。お前に任せるからけじめをつけてくれ。社長を裏切るようなことはしてくれるなよ」

 やはり部長はすべてお見通しだったのだ。社長はもちろんだが、部長を裏切ることもできない。その年の夏が終わろうとしている頃、憲司は瑩子を食事に誘った。瑩子にはその理由がわかっていたのか、やや緊張した感じでついてきた。銀座の天國でかき揚げ丼をおごり、資生堂パーラーでしゃれたカクテルを頼んだ。こんな状況でなければ、どんなに楽しくおしゃれなデートになったことだろう。

 そのときの瑩子はとてもきれいだった。と、今でも憲司は思っている。カクテルに視線を落としながら、しどろもどろな憲司の話を黙って聞いてくれた。そしてひとこと。

「わかったわ。松井さんをこれ以上困らせないようにするわ」

 十月末で瑩子は退職することになった。

 瑩子の仕事の引き継ぎはけっこう面倒だった。瑩子が会社を辞めるなどと誰も思っていなかったので、誰もが納得できる理由を作ることにまず腐心した。なかには憲司と結婚すると思っていた者も少なくなく、それはそれで周囲に言い訳をするのに汗をかいた。また、事務などと簡単に考えていたが、彼女が関わっていた仕事をひとりで引き継げる女子社員がいなかったのも想定外だった。そのために瑩子の仕事をいくつかに分けて複数の女子社員に引き継いでもらい、どうにもならない部分は憲司が引き継いだ。

 退職した翌日、瑩子と最後の食事をした。退職後に会うことにしたのは、憲司の思いを瑩子に伝えたいという思いがあったからだ。社員同士ではなく、ひとりの男と、ひとりの女。そんな関係なら、思い切って胸の内を明かせるかもしれない。そう思ったのだが、瑩子を前にすると、まともに話ができなかった。そして「もう会わないほうがいい」と瑩子の最後の言葉。瑩子を守ることができたのか。幸せにする手伝いができたのか。憲司にはわからないまま、またひとつの青春が過ぎ去っていった。

 瑩子が会社を辞めてから八か月。憲司も会社を去るときが近づいていた。この会社でやるべきことはやり尽くしたと思っていた。営業所の売上記録をいくつも更新し、新しい企画を軌道に乗せてきた。これからは今まで経験したことのない世界に足を踏み入れることになる。仕事で知り合った新聞記者の紹介で、小さな広告制作会社で働くことにしたのだ。梅雨明け間近のある日、社長に最後の挨拶をすることになった。

「いろいろなことがありましたが、この十年余りを有意義に過ごすことができました。大変お世話になりました。ありがとうございました」

 最後の挨拶はごく普通のものだった。それ以上言わなくてもわかってくれる。それが憲司と社長の関係といえた。

「ほんとうに辞めるのか。これからは息子の手助けもしてくれると思っていたんだがな。残念だが、もう気持ちは変わらないだろうな。頑張れよ」

「申し訳ありません。私のわがままを聞いていただき、ほんとうに感謝しています」

 仕事はとてもハードだったが、社長個人には何の恨みもない。後継者となるに違いない息子に、まったくといっていいほど敬意を感じられないのだった。能力以上に、その人間性を認められなかった。瑩子のことが解決した今こそ、これ以上我慢することはない。去るべきときだ。社長には言えないが、そう決心したのだった。

「これからどうするのか聞いていないが、田中と結婚するつもりはないのか」

「いいえ、その予定はありません。まだ当分は独り身です」

「いつ結婚するのかと思っていたのだが、周りの者たちもそう思っていたようだ。すっかり騙されたな。初めからそう思わせるつもりでいたんだろう」

 今回の事件は、もちろん社長にも報告していた。瑩子の関与がありそうだということを除いて。にもかかわらず、社長は薄々感づいていたようだ。

「そんなつもりはありませんでした。結果的にそう見えただけだと思います」

「今さら言い訳などするな。お前がどうしたかったのかなど、言わなくてもわかる。それはそれで、いかにもお前らしいよ」

 憲司には返す言葉がなかった。江戸っ子気質で義理人情に厚い。それが何よりも好きでこの人についてきたのだ。

 もう社長に会うこともないだろう。会う必要もないはずだ。憲司が会社に残した足跡はいずれ消える。時代は進んでいくものだ。憲司も立ち止まってはいられない。新しい世界に向かって歩き始めるのだ。

 

 

    新しい出会い

 

 瑩子と石巻で再会してから二年以上が経った。あの時は行けなかったが、今度は気仙沼まで足を延ばしたい。そしてできれば、カキ小屋でまた瑩子に会いたい。そんな思いでまた東北へ行った。

 憲司のはかない思いは一日で吹っ飛んだ。石巻の様子は二年前とあまり変わっていなかったが、カキ小屋はなくなっていた。その消息を聞く気にもなれず、石巻を後にして仙台に戻った。

 東北はJR東日本なので鉄道系の電子マネーが使える。気仙沼までは仙台から何回か乗り換えるもののすべて電子マネーでOKだと思い、翌日は仙台からそれで乗車した。ところが、途中のワンマン電車だけは電子マネーが使えなかった。乗り換えのときに乗車証明書を渡され、これを電子マネーが使える駅で示して精算するようにと言われたのには驚いた。さらに驚いたのは、BRTと呼ばれるバスでは、鉄道での運賃を精算していなくても電子マネーが使えるということだった。どうなっているのかわからないが、ふだんから電子マネーを使い慣れている憲司には意外というか、不思議なことだった。

 ワンマン電車からBRTへの乗り換えのときに、憲司と同じことで驚いている乗客がもうひとりいた。小さなリュックを背負っている女性だった。やや小柄で、ほんわかとした丸みのある容姿。それに短めの髪型も、どことなく出会った頃の瑩子を思わせるものがある。運行表示板を見ながら困った様子だったので、憲司は声をかけることにした。

「ワンマン電車は電子マネーが使えないなんて、最初に言ってもらわないと困りますよね。ぼくは気仙沼まで行くんですが、あなたはどちらまでですか」

「私も気仙沼です。このままこのバスに乗ればいいんですよね。ただし現金で」

「BRTは電子マネーが使えるとワンマン電車の運転手が言ってましたが、ほんとうかどうか。現金なら間違いないでしょう」

「そうですね。ありがとうございます」

 短いやりとりだったが、憲司は彼女に親しみを感じた。女性のひとり旅らしいが、どこから来たのだろう。小柄なので若く見えるものの、ひとり旅をするくらいだから三十半ばといったところか。見知らぬ男に対する警戒心は当然ながらあるはずだが、その笑顔からは憲司を怪しんでいる様子は見えなかった。安心して話しかけてくれいてるようだ。こんな女性と一緒の旅なら楽しいだろうな。心のなかで思わずつぶやいた。そうはいっても憲司には見知らぬ女性と、しかも一緒にいたら親子と見られそうなほど年の離れた女性と、すぐに親しくなれるはずなどなかった。

 やがてBRTの発車時刻になった。乗るときに整理券を取るようになっている。先に乗車した女性が憲司の分も取ってくれて、どうぞと渡してくれた。そんなちょっとした仕草がうれしくて、憲司はさらに女性に惹かれていった。そういえば、瑩子もそんな気配りのできる、さり気ないやさしさを感じさせる女性だった。知らず知らずのうちにその女性に瑩子が重なっていったようだ。

 とはいっても、さすがに隣の座席に座ることは遠慮した。たまたま旅先で出会っただけのこと。いわば旅のささやかな思い出のひとつに過ぎない。彼女はその程度にしか思っていないかもしれない。そんな間抜けなことしか思いつかないところも、いかにも憲司らしいといえた。

 気仙沼までは約二時間。バスで行くにはちょっと時間がかかると思ったが、乗ってみて納得した。もともとは気仙沼線の鉄道が通っていたところをバスで行くのだ。津波で破壊された海岸と鉄道。ほとんどの場所でまだ工事が続いている。いつになったら工事が完成するのか、ちょっと見当がつかない。旅景色と呼ぶにはあまりに悲惨だ。気仙沼へ行くなら、東北新幹線で一ノ関まで行き、そこから大船渡線で気仙沼まで行くほうが便利だろう。それを敢えて仙台から電車を乗り継ぎ、かつての気仙沼線に代わるBRTというバスを利用するルートを選んだのは、大震災の被害がどれほどのものだったのかを知るにはそれが一番だと思ったからだ。それにしても、未だに復旧工事が続いていて、それもまだ先が見えないほどとは、大震災の被害は想像を絶するものがある。

 BRTはバス専用道路を走っているかと思うと、一般道を走っていることもある。途中で何度も回転するようにして停留所に入ることもあった。同じルートを自家用車で走ろうとしても、地元の人間でも難しいだろう。

 それでも乗っていれば気仙沼まで運んでくれる。バスは長旅を終えて気仙沼駅に到着しようとしていた。ところが、終点まであと三つか四つという停留所で、その女性は降りてしまった。友人と会うためにやってきたからか、それとも彼氏との待ち合わせでもあるのか。憲司のことなどまったく気にもかけないような感じで、振り向きもせずにパスを下りてしまった。

「やっぱり縁がなかったな」

 期待したこと自体、憲司の愚かな一面でもあったのだが、本人はそんなことには気付きもしないでぼんやりと彼女の背中を見ていた。それにしても、いったい何を期待していたのか。小旅行の道連れにでもなってほしかったのか、旅仲間としてこれからも連絡を取り合える知人のひとりになってもらえるとでも思っていたのか。これまで、これといった女性との付き合いが長続きしたことのなかった憲司には、期待そのものが何なのかさえわかっていなかった。

 その女性が降りてからわずか十五分ほどで、バスは終点の気仙沼駅に到着した。鉄道の駅のなかにバスが止まるのは何とも不思議な感じがする。地元の人はともかく、旅行客の誰もが意外な顔をしていた。

 女性と道連れの楽しい旅になるかもと思ったのも束の間、二時間足らずで憲司の儚い夢は覚めた。まあ、仕方ない。まずは観光案内所に行ってみるか。気仙沼の右も左もわからないのだ。名所やおいしいものが食べられるところを聞かなくては。

 観光案内所の女性はもともと話好きなのか、それとも滅多に来ない客がうれしいのか、親切を通り越して、わずらわしいほどおしゃべりだった。気仙沼といえば東北でも有数の漁港だ。おいしい海鮮料理の店を紹介してもらおうとしたら、女性はその日の朝刊を見せながら、お勧めの店を教えてくれた。

「今日から五日間の限定でまぐろ丼を特別に安く出しているそうですよ。これなんかお勧めですね。気仙沼港を巡る観光船がその近くから出ていますから、港巡りをしてから食堂に寄ると、ちょうどお昼どきでいいんじゃないでしょうか」

 親切なのはありがたかったが、女性は観光船に乗ることを勧めていながら、その発船時刻のことなどお構いなしにしゃべり続けた。

「ここもいいかもしれません。料理もおいしくて、値段も手頃です」

 女性の話には終わりが見えない。もう行かないと観光船の出発に間に合わないと心配になってきたので、憲司は早々に話を切り上げて観光案内所を出た。

 観光船の発着所まではおよそ二十分とのことだったが、話が長引いたので急ぎ足で急いだ。落語などで「近くて遠いは田舎の道」などと言ったりすることがあるが、普通に歩いたら三十分ほどもかかるのではないかと思われるほどだった。発着所に着いて間もなく観光船は出発した。

 観光船から眺める気仙沼港にも震災の爪痕がくっきりと残っていた。建物に残った津波の痕跡、高く連なった防潮堤、火災の跡が今も残る沿岸。気仙沼の震災直後の様子はニュース映像で何度も流されたが、復興に時間がかかっていることが、その被害の大きさを如実に伝えている。

 それでも漁港としての活気はかなり戻っているようだ。観光船を降りて、案内所で教えてもらった店を目指した。土産物店や食堂は思った以上に人が多く、活気にあふれていた。教えてもらった限定のまぐろ丼はまだ頼むことができた。東京ではとてもこの値段では食べられない安さとボリュームだった。

 食事を済ませてのんびりと気仙沼駅へ戻っていくと、ちょっとしゃれた喫茶店があったので立ち寄ってみたところ、なんと俳優の渡辺謙さんがオーナーの店だった。本人もちょくちょく来るとかで、地元の人たちにも人気の店のようだった。気仙沼も新しくなりつつあるのだろう。

 ぶらぶらと歩きながら気仙沼駅に戻ると、バスで一緒だった女性が観光案内所にいた。それもひとりで。ちょっとびっくりしたが、うれしくもあった。また案内所に入るのも気が引けたので、外から覗いていると彼女と目が合ってしまった。思わず会釈をしたものの、そのぎこちなさは自分でも恥ずかしくなった。

「さきほどはどうも」

 案内所から出てきた彼女のほうから声をかけてくれた。おかげで憲司の緊張はほぐれたが、何と返事をしたらいいのか。戸惑いながら「これから気仙沼観光ですか」とようやく口にした。もうちょっと気の利いた言葉が出ないものか。それでも彼女は屈託のない笑顔で応じてくれた。

「観光というほどでもありませんが、いろいろ回ってみようかと思ってます」

 憲司は港内観光船のことや喫茶店のことを彼女に話した。どうせなら彼女と一緒にもう一度行ったっていいだろうに、そう言えないところが憲司の気のつかなさというか、間の抜けたところだ。

「今日はどこに泊まる予定ですか」

 思わず口にしたのだが、彼女は怪訝な様子も見せず、素直に言葉を返してきた。

「ここから歩いてすぐのところにあるホテルです」

「そうですか。ぼくは仙台です。だからもう行かないと……」

「一緒にお茶でもできたらよかったのかもしれませんが、残念ですね」

 その言葉に憲司は思わず舞い上がってしまった。

「あ、いや。でも、よかったらまた会えませんか。ぼくは明日の夜まで仙台にいます。東京に帰ったあとでもいいですよ。連絡先など教えてもらえたら、あとで連絡します」

 彼女はちょっとびっくりしたようだったが、憲司の様子に好感を覚えたというより、ちょっと面白そうな人のいいオジサンとでも思ったのか、携帯の電話番号とメールアドレスを教えてくれた。会ったその日にそこまでの知り合いになった女性は初めてだった。駅に向かう憲司に手を振ってくれた彼女に、憲司はもう瑩子を重ね合わせることはなかった。今夜、彼女に連絡をしよう。一期一会かもしれないが、それでもいいじゃないか。「さよならだけが人生だ」とは限らないだろう。

「文芸思潮」の銀河文学賞に応募して入選した作品です。ただし、入選作品は文字数制限があったので、これよりも少し短くなっています。

 

 

どこまでが自伝で、どこからがフィクションかわからない小説です。けれども根底にあるのは、やはり権力への反発であり、反骨にほかなりません。面白いかどうかわかりません。現在、戦国時代末期から江戸時代初期に起きたことを元にした中編を書いています。これもまた、反骨が底辺にある作品です。

This site was designed with the
.com
website builder. Create your website today.
Start Now