旅の途中

   下諏訪残映

 

 

駅から続く町並みは、ただ風が冷たかった。

どんな商売をしていたのか

絵だったのか文字だったのか定かでない

ねずみ色になった看板がしょんぼりと風を受けて揺れる。

雨戸の破れかけたしもた屋が軒を並べている

殺風景な道には、古びた車がお似合いのはずだが

わずかに残っている遠い昔の面影を

大型トラックが弾き飛ばしていった。

宿場町だったという。

今はどてら姿の婆さんになった

嫁さんたちが子育てに忙しかった頃は

往来の旅人を誘う旅籠の看板も綺羅を競い合い

今では想像もできないほど賑っていたに違いない。

歩くにつれて緩やかな上り坂になっていく

季節外れで人影もまばらな参道には

のっぺらぼうな街路樹が肩を落としているだけ。

それでも正月になれば

人が道を覆いつくすほどになるそうだ。

どこからそれほどの人が押し寄せるのだろうか。

その昔、出雲から逃げてきたという

御柱を祀られている神様が

ひとりぼっちの寂しさを紛らすために

諏訪湖を渡る風に頼んで呼び寄せるのか。

ふだんはどこといって賑やかさのない小さな町は

歴史のなかにだけ生き続けているかのようだ。

そこから未来は見えてこなくても

今を確かにしてくれる風景がそのときに現れる。

だからこそ、郷愁が湧いてくるのかもしれないが。

生きることは振り返りと

あてのない旅

 

人生を旅になぞらえる人がいる。ぼくは生きることは旅にほかならないと思っている。人との出会い、新しい景色の発見。倒れるまで歩き続けるのが僕の旅だ。それはまだまだ続くから、今もぼくは旅の途中。

   錦帯橋にて

 

 

獲物に飛びかかろうとする猫の

丸めたような背をした橋が

ひとつ、ふたつ、みっつ連なる。

てっぺんに上れば

頼りなく小さな欄干越しに見える

川面までははるかに遠い。

橋の背の間に立てば前も後ろも見えず

ただ風だけが渡っていく。

そこには橋を渡るために

背に上ろうとする者を防いでくれるものが何もないのだ。

遠目から見れば奇観ともいえる美しさを

誰もが記憶に留めようと渡りはじめるが、

ぼくには常に戦に備えていた時代の

過酷さだけが伝わってくる。

それなのに心の奥のよどみから

忘れたはずの未練がむなしくわき出てくる。

この橋を渡れば

微笑み続ける

あの日のままの君に会いに行ける

絶望的な勇気がわいてくるかもしれないと。

だが雨風の強さに

愚かな思いは川の流れのなかに叩きつけられ

ばかな自分に気が付けば

思わず背を丸めて立ちすくんでいる。

   塩釜神社にて

 

こんなに小さかったかな。

馬が飼われていた建物は

特別な飾りもなく

広大な神域のなかで

恥ずかしそうに、申し訳なさそうに

小さく縮こまって見えた。

母と来たときもそうだったのだろうか。

そういえばもう二十年にはなるだろう。

母が思い出のなかに去ってからは

十年以上も経ってしまった。

記憶のなかの厩は

馬がいなかったことだけは同じだが

もっと大きな構えだったように覚えていた。

今日ひとりで来てみると

忘れ去られた納屋のように小さく

今にも朽ち果てそうに見えた。

広大な神域には似合わない。

でもそれが

ぼくにとってただひとつの

母と過ごしたかけがえのない

確かな世界なのだ。

   奇観のなかに

 

 

目の前に広がるその圧倒的な景観は

どんなに言葉を尽くしても

そのままを描くように伝えることはできない。

何ものにも喩えることができない迫力を前に

俳聖もその姿を

ついに詠むことができなかった。

このぼくにどうして表現などできようか。

 

どれくらいの時間をかけて

美しさと奇観の入り混じった岩々が作られたのか。

日本人の記憶をどんなに遡っても

計ることができないほどの

果てしない時間が刻まれているのだろう。

ぼくは松島を前にして

ただただ立ち尽くすしかなかった。

 

ここへ来てよかった。

傍らに佇んでいる

母の笑顔を見て心からそう思えた。

松島を前にした母は

何ものにも代えがたい被写体だった。

ぼくの網膜に永遠に焼き付けられたまま

今もあの日のまま生き続けている。

This site was designed with the
.com
website builder. Create your website today.
Start Now